お隣さんは歌がうまい。
お隣さんは歌がうまい。
お隣さんは夜中になると静かに歌を歌う。しかもそのどれもが恋の歌。片思いの歌だったり失恋の歌だったりするが、両思いの幸せな歌は決して歌わない。
一度だけその歌う姿をこの目で見たことがあった。音もなく涙を流し、辺りが静寂に包まれたような心地。歌声だけが冷えた空気の中響いて、感情の入ったそれはその辺の歌手顔負けだなんて。
そのまま隣から見ている事に気づかれず部屋に戻る姿を見送った。しかし、お隣さんがこちらに気がついていれば何か変わったのだろうか。
お隣さんは歌がうまい。
ただの隣人だった人物の心を壊して、残酷にも恋をしていることをまざまざと見せつけられ、それに嫉妬を覚える程に。
好きになってもいいですか。
好きになってもいいですか。
人を好きになる、誰かに感情を抱くことに許可なんていらない筈だ。
しかし、なぜかその言葉が頭に浮かんだ。貴方はわたしには勿体無い人だからと。
貴方とわたしじゃあ余りにも違い過ぎてと何度も頭を抱え、落ち込み、涙したか。
今日もまた一人月に向かって声を震わせる。
わたしにとって貴方は月のような人だった。
眩しすぎる太陽と違って手が届くような錯覚をおかす。
しかしわたしは周りで輝いている星にすらなれない。
光らない星は誰も望遠鏡を使って見ようとなんてしない。
一人貴方の後ろ姿を見る度にせり上がって来る想いを嚥下して、必死に下へ下へと隠してきた。
今日も夜半冷えたベランダで声を震わせる。叶いもしない貴方が隣にいる事を夢見て。
そして独りごちるのだ。
とっくに好きになってることに気がついているのにね。
不毛な恋だ。
不毛な恋だ。
毎回彼がわたしのシャツに手をかけるたびそう思う。
彼の筋ばった手のその薬指。
そこにはもう住人がいる。
わたしよりもきっと優しく愛される女の手にもきっと。
彼と肌を合わせる時は幸せだと確かに思うのに、この人に愛されていると思うのに。
どうしてわたしと彼は結ばれないのか、顔も知らない彼の本命に何度嫉妬した事か。
でも今はそんな事すら思わなくなった。
冷めたのか、諦めたのか、見ないようにしているのか。
今夜も彼はわたしに優しい。
わたしは彼の腕の中。
苦手だったコーヒーを飲もうと思ったのは貴方の事を思い出したから。
苦手だったコーヒーを飲もうと思ったのは貴方の事を思い出したから。
適当に粉を溶かして作ったコーヒーは美味しいとは感じられなくて。
そこでやっと貴方が丁寧に淹れていたからだと気がついた。
コーヒー専門店で豆を買っても、家で何度も練習をしても。貴方のコーヒーの味にならない。
豆の違いか、淹れ手の腕か、それとも。
えぇ、気づいているわ。気づいてる。でも認めたくないと意地を張っているのにも気づいてる。
コーヒーが今日も美味しくないのは貴方がいないせいよ。
世界の全ての人が敵になっても味方でいる。
世界の全ての人が敵になっても味方でいる。
この世の果てまで共に逃げて行こう。
誰よりも居心地のいい居場所でいる。
繋いだ手を絶対に離しはしない。
そんな風に言われてみたい。
別にこんな遠回しでなくていい。
つまりはこう言って欲しいのだ。
愛している。と。
誰よりも、愛している。と。
家族に愛されていない訳ではないと思う。
それなりにいい生活をしているとは感じている。
それでも。
白馬に乗った王子様じゃなくていい。
大富豪の跡取りじゃなくていい。
ただ、わたしが好きになった人に好きだと言われたい。
愛している人に愛されたい。
わがままなわたしは何をする訳でもなく部屋に篭っているけど。
ただ、好きになる人を間違えたかな、なんて。